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2014.5.21

オリジナル曲追加:日常、FUSION、L.A.

 

友達リンク追加:あららぎ工房

 

くりの木と僕

お彼岸という事で、実家に帰っていました。

そこで、母が栗の木を植えたいという事で、穴を掘る事になりました。

 

ナカナカの肉体作業でしたが、なぜか途中、こんな事を考えました。

 

穴を掘るにあたって、その土地に張った根は、変化を拒む柵となり、固い石は、鋭く強い鉄槌をも跳ね返すのです。

無駄、無理と思った時、その変化は起こらないまま終わってしまうのですが、その変化を起こしたい場合は、絡まった根を少しづつ解き、悪い根は排除し、固い石は、力任せに砕く。でも、それでも動かない石は、角度を変えながら、周りの土や根を除いてやると、すんなり動かせたり。

そうやって、地道に新しい変化の用意をします。

 

そこに肥料をまき、くりの苗木を植え、水をまき、あとは、地道に手入れをしてゆく。

美味しい栗を実らせてくれる事を祈ってますが、そうなるかどうかは、手入れも必要ですが、結局はその土地の土であり、そこに降る雨であり、僕は、そうなる事を願いながら待つのです。

果報は寝て待てとは、そういう事なんでしょうか。。

 

高性能な大型機械や沢山の人間で開墾を行うと、スピードも効率もよく、また、いろんな知識を持ち合う事により、それはもっと素晴らしいものになる場合が多いような気がします。

 

でも、どんなに素晴らしい土台を用意しても、そこに根を張り、美味しい実を落とせるかどうかは、その木次第なんですね。

人を変える、育てるという事は、何よりも強い意思が必要で、そして、それが、ステキな華を咲かせるかどうかを、周りで見る人間は、願いながら日々を過ごす。

また、人だけではなく、町や国に変化を起こす場合も。。

何だか、そういう事とよく似てるような気がした今日この頃でした。

 

植物界にそのような事があるかどうかわかりませんが、僕と母が植えた栗もステキな巡り会いの中で、たくましく、カレンに成長していってくれる事を願います。

 

僕は、いつになるのかわかりませんが、美味しい栗を食べれる日が来るのを願いたいと思います。(^-^) 母と一緒にね

 

でも、こんな事考えるなんて…

やっぱり僕は、少し歳をとったのかもしれませんね。(笑)

 

少々長めの独り言でした。